国際社会の変容と日本
今日の国際社会は、科学技術が著しく進歩し、政治・経済・文化などの面で、国家間の交流は活発になってきた。また、人・モノ・資金・情報などの大きな流れは、国家間の相互依存関係をいっそう深めている。
さらに、企業・国際的団体などの非政府組織(NGO)が、かなりの影響力をもつようになり、国際社会の基本的な構成単位である国家の枠をこえた交流がおこなわれている。
一方、依然として国家が戦争と平和の決定権を握っている。したがって、世界の各地で発生する局地戦争や地域的紛争の解決は、国家の単位で問題が処理されている。
しかし、今日の国家間の相互依存関係の進展は、国連の役割の強化や地域的経済統合にみられるように、新しい国際秩序の構築に向け、大きな変化を見せようとしている。
今世紀、二度にわたる悲惨な世界大戦を経験した人類は、国際社会の組織化や国際協力を通して、国際平和の確立に努める必要性を痛感した。しかし、第二次世界大戦後の国際社会は、米ソを頂点とする二つの陣営が対立しあう冷戦構造を基本的な特徴としてきた。
米ソの対立は、あるときは戦争への緊張を高め、ある時は平和共存をめざす緊張緩和(デタント)となった。
冷戦構造の崩壊につながった大きな出来事が、「ベルリンの壁」の崩壊(1989年)と、ソ連・東欧諸国の民主化運動であった。そして、冷戦構造の崩壊は、歴史的なソ連の消滅によって終止符を打った。
また、近年の日米欧の3極間の経済摩擦の高まりや、旧ソ連・東欧諸国の市場経済への移行は、こうした国際社会の転換期における国々の関心を、軍事から経済へと急速に変化させつつある。
同時に、発展途上国の発言力の増大は、国際社会における力の分散化を促す要因となっている。
こうして、冷戦終了後の国際社会は、東西対立の世界から多極化し、新たな政治的・経済的結びつきを模索しつつ、地球的レベルで世界の問題を考えなければならない段階に入ろうとしている。
我が国の近代化は、明治維新以来、政府の積極的な指導の下でおこなわれ、欧米先進国に早く追いつくことを目標に進められてきた。具体的には、富国強兵・殖産興業政策をかかげ、経済の工業化と軍備の拡大に努めた。
そして、我が国は帝国主義の道を歩み、近隣諸国を侵略するという過ちをおかすことになった。第二次世界大戦後は、連合国軍総司令部(GHQ)の指令の元で、政治・経済・社会のあらゆる分野で民主化が進められてきた。
そして、主権の回復後も経済力の発展に努め、国際的な地位を高めてきた。